スタッフ紹介

 

 

<学歴>

横浜立野高校卒業
産能大学(経営情報学部)卒業
花田学園 日本柔道整復専門学校卒業

 

<職歴>

上郷接骨院 / 斉藤接骨院 / 柴崎整形外科 / 第三北品川病院(二次救急医療機関)

 

<尊敬する人>

横山孝先生(第三北品川病院整形外科医)
故荻田繁男先生(上郷接骨院院長)
中川貴雄先生(米国公認ドクターオブカイロプラクティック)

 

<趣味>

サッカー、ゴルフなど体を動かすこと(5歳からサッカー漬け)

 

<好きな歌手>

ゆず/ MISIA

 

<家族構成>

妻、娘2人

 

<この仕事の魅力>

  • 多くの患者さんとコミュニケーションをとっていく中で、今まで知らなかった新しい考え方を学ぶことができるだけでなく、患者さんの症状が良くなっていくことを一緒に共感できること。
  • 自分に足りないことを改善していくチャンスが多いということ。
  • スタッフとも喜びを共感しあえること
  • 治療という事だけに終わらないで、横のつながりも広がり、人としての成長ができることが一番です。

そして、この仕事をしていることで、治療技術向上、人間的向上を常に意識し、私の治療や存在でいろいろな方に喜んでもらえることが嬉しいです。

 

<患者様にひと言>

多くの方が「この症状はどこに行けばいいのだろう」「どこに行っても治らない」と悩んでいます。

 

かないわ鍼灸整骨院はその想いに応えるべく“最後の砦”として、みなさまの悩みを解決し、夢と希望を与えます。

 

スタッフ全員が、温かい気持ちの持ち主なのが自慢です。
お気軽にご相談ください。お待ちしております。

 

 

開業までのストーリー

私は5歳からサッカーをやってくるなかで、骨折や捻挫、打撲、肉離れなど数多くの怪我をしてきました。治療をするところは、きまって近所の上郷接骨院でした。また、その接骨院には、祖母も通院し、膝と腰を治療してもらっていました。

 

一緒に通院していく中で、“僕も祖母の治療をしたい!”と考えるようになり、先生に弟子入りを願い出て、21歳の時、この業界に足を踏み入れました。

地元横浜でスポーツ少年・少女~プロ選手までの怪我の処置&ケアをすることを夢見て、上郷接骨院のほか、斉藤接骨院(東戸塚)、柴崎整形外科(武蔵小杉)、第三北品川病院(品川、救急指定病院)で勉強させていただきました。

 

救急外傷の処置、交通事故治療、手術後の各種リハビリに精通してきました。また、トレーナー活動にも力を入れ、スポーツの現場で怪我の処置などをしてきました。

 

そして、平成19年3月12日に横浜市栄区に開業することができました。

 

開業までは、職場の諸先輩方、同僚、家族、友人など、本当に多くの方に支えていただきました。その方々の想いを無駄にしないよう、患者様に真心こめて治療させていただきます。

かないわ鍼灸整骨院のスタッフは、この想いに共感してくれ、多くの患者様を診させて頂いています。

 

平成24年10月23日に“しみずばし鍼灸整骨院”を港南区港南台に開院し、平成25年2月1日に“かないわデイサービス 上永谷”を開設しました。平成26年6月1日に“かないわデイサービス芹が谷”を開設しました。

 

4つの施設で、小学生から高齢者までの幅広い年齢の方々の健康を診させて頂けることをありがたく思っております。スポーツ業界の施術の最先端を行っている技術や機器を取り入れて、 より多くの方の健康を担えるように頑張ります。

 

院長先生の治療へのモットー

私がこの業界に入ってから、学ばせていただいた「真療」の精神があります。親兄弟や家族の面倒をみるように患者様に接し,治療を行うという心の持ち方です。当たり前のことですが、この当たり前のことを忘れず、一人ひとり真心こめて治療をさせていただきます。

 

また、故橋本敬三医師が提唱した“操体理論:気持ちのいいことは身体にいい”という健康法/医療哲学をかないわ鍼灸整骨院は重要視しています。

この「真療」の精神をもとに,“患者様の痛みや不快の原因に対して、根本から治し、元気に快適に毎日を過ごして欲しい”と思って治療をしています。

 

では、かないわ鍼灸整骨院は施術をするときに、どのように考えているのか?

 

分かりやすいように、人の身体を建物に例えて説明します。
建物は基本となる土台と柱がしっかりしていないと、傾いたり、きしんだり、ドアの開閉もしづらくなります。また、雨風が吹き込んできたりします。地震などの外力を受ければ、崩れる可能性もあります。
私たち人間の身体も上記と同じことが言えます。

 

土台となっている骨盤、柱となっている背骨が歪めば、筋肉のバランスが崩れて、不必要に緊張します。すると、神経の働きやホルモンの分泌、血液の流れといった、身体を正常に働かせるための作用が低下します。
そのため、身体のゆがみを改善することは、健康な体にすることには他なりません。

 

患者様の症状はひとりひとり違うので、状態に応じて的確に、患部だけでなく、影響が出ている部分や根本を改善させる、鍼灸治療、整体やカイロプラクティックを組み合わせたオリジナル治療法です。
治療を受けるごとに、健康になり、痛みやコリ、不調を気にせず毎日元気に過ごせ、スポーツも無理なくできるようになります。

 

かないわ鍼灸整骨院は治療の押し売り、予約の強要はいたしません。
それは、私自身がそのようなことをされたら、安心して治療を受けられないうえ、心が窮屈になるので、スタッフにもそのように教育しています。

 

スタッフ教育として、患者様の痛みに対する訴えに対し、どういう状態が手術適応なのか、手術するとどうなるのか、手術後のリハビリはどう行うのか、などを直接目で見て、勉強してもらいたいと考えているため、提携病院に研修をしに行きます。

 

現在一緒にいるスタッフは、救急病院にて、手首の骨折、股関節の人工関節置換術、膝関節の人工関節置換術、頚部ヘルニアや脊柱管狭窄症、肘部管症候群、腱鞘炎などの手術を研修してきました。

 

外傷だけでなく、オペ後のリハビリや交通事故の施術にも力を入れています。

みなさんの悩みに対して、「かないわ鍼灸整骨院に行けば安心だ!」と言ってもらえるよう、“最後の砦”として日々勉強しています。

 

諦めずに、一緒に改善していきましょう!

スタッフ一同ご来院をお待ちしています!

 

 

当院の施術スタッフ紹介 

 

藤井 香 (鍼灸師)

 私が鍼灸師になったきっかけは、会社員だったころに長く体調を崩したことがきっかけとなりました。

会社を休むほど重病ではないが、けだるく憂鬱な日々を送っており、どうにかできないかと本やインターネットと使って調べた時に『東洋医学』の言葉が目につきました。

 

『東洋医学』について調べてみると、東洋医学の中にも色々な分野(漢方・薬膳・中医学・経絡・鍼灸など)があることを知りました。

私の症状については、東洋医学で楽になり、憂鬱な心もけだるい身体もなくなり健康的な身体に変化することができました。

 

 そこから、『東洋医学』に驚き、興味を持つようになったことで、私のような不調を持っている方の助けになりたいと思うようになりました。

 

そこで、勉強するなら、中途半端にしたくないとの思いから、会社を退職し鍼灸の専門学校に入学しました。専門学校に入ると東洋医学だけでなく身体の構造・しくみを知る西洋医学や鍼灸についても深く学びました。また、鍼灸治療のアプローチ方法も多岐にわたっていることに驚きました。

 

 鍼灸治療には、身体の調子を整える鍼灸治療やスポーツでの怪我やパフォーマンスを上げるスポーツ鍼灸、他に美容目的の美容鍼灸や妊婦へのマタニティー鍼灸など様々な分野へのアプローチが存在します。

 

鍼灸師の資格を取得してからは、顔や身体の症状で悩んでいる方の表情を明るくしたい、生活の一助になりたいとの思いで施術に携わってまいりました。

鍼灸師になってからの最初の2年間は高齢者の多い鍼灸整骨院にて腰痛や膝痛などの症状を多く診ており、歩行補助など患者様に寄り添ったケアを行ってまいりました。

 

そのあとの2年間は温泉施設の中の鍼灸マッサージ院にて、パソコンやデスクワークによるお仕事で一番多い症状の「肩こり」や「腰痛」などの慢性的な症状や胃腸の調子、イライラ、免疫力アップのような身体の調子を整える鍼灸治療を行ってまいりました。また、顔にもあるたくさんのツボを美容に応用した美容鍼灸で、眼精疲労や顔のむくみの解消、リフトアップなどお顔の症状やニーズに合わせた施術を提供し満足していただいておりました。

 

患者様におきましては、肩こりや腰痛以外にも身体の不調はあると思います。

身体の不調を気にして生活していると気分も晴れず健やかに過ごせません。

 

そこで、私の力が少しでも役に立ち、日々の生活に悩んでいる方が心置きなくスポーツや生活をより良く過ごしていただける助力となるように力を尽くしたいと思っております。

悩み事、気になる事があれば気軽にお声をかけていただければ幸いです。

 

垣内 ゆり (鍼灸師)

突然ですが、私の実家は、当院から歩いて10分ほどのところにあります。 

本郷台が地元ということもあって幼稚園から高校まで地元を離れることなく過ごしてきました。

 

中学では本郷中学校のソフトボール部に入部していましたが、当時の私は美術に興味があり、休みの日には絵を描くために鎌倉まで出かけたり、蒲田まで画材道具を買いに行ったりしていたので部活はあまりまじめにはしていませんでした。

中学の美術の先生にも「あなたは絶対に美術の道に進むと思ったわ」とよく言われます。

 

さて、そんな私がどこで鍼灸の道に興味を持ったのかといいますと、最初のきっかけは高校時代の部活動でした。

 

何となく入部したハンドボール部が全国大会の出場常連校だったのです。

練習もですが上下関係もかなりきびしく、公立高校でありながら服装も決まりがあり、恋愛も禁止。

 

私は入って一週間で嫌になり退部届をだしました。

 

しかし、周りの部員に引き留められ、「限界を感じたらすぐにでも辞めてしまおう」と心に決めて再度入部しました。

そこからは寝ても覚めてもハンドボール三昧の生活で「辞めたい」と思う余裕もなかったのか、3年間の青春のすべてを部活動に捧げました。

 

 ハンドボールはファールの範囲が広くケガのたいへん多いスポーツです。

まだ発達段階で筋力の弱い中学生や高校生では捻挫や肉離れは当たり前で、膝や肩を痛めて選手生命を絶たれる学生もいました。

 たかが捻挫や肉離れでもケガが治るまでの期間というのは短い学生生活にとっては致命的で、どんな敵よりもケガをすることが一番怖かったのです。

私も試合中の接触で鼻の骨を折ったり、肋骨のところを打撲したりとケガはたくさんしましたが、疲労で体が動かないだとか、筋肉が張りすぎて痛んだりということは、ほとんどありませんでした。

 

思い返してみれば、顧問の先生と繋がりのある接骨院に頻繁に連れて行ってもらっていたので、体の状態はよかったのだと思います。

不意に起こってしまったケガはスポーツをしているかぎり100%は防ぐことはできませんが、疲労によって起こる痛みや炎症は症状が出る前に治療によって防ぐことができるのです。

また、遠征や合宿の際には専属の鍼灸師の先生がついてきて、一日の終わりに治療してもらいました。その時のありがたさは今でも忘れません。

 

私が高校3年間、大きなブランクもなく部活動を続けることができたのは接骨院と鍼灸師の先生の身体的、精神的なサポートのおかげだと思います。

 

 その後、スポーツを続ける気力はありませんでしたが、スポーツ選手に関わる仕事をしたいと思い、これまでの経験から鍼灸師になることを決めたのです。

 

大学生以降は「美容」にも強い興味を持つようになりました。

 

もともとアトピー体質で肌の状態はお世辞にも綺麗と言えるものではなかったので、それが気になり出したのです。

 大学生のアルバイト代では高級な美容液や化粧品は買えないので、市販に売っている肌にいいとされる食べ物や生活習慣を変えることで少しずつ改善していきました。

 

今ではほとんどアトピーは目立ちませんが、綺麗な肌や体型にはやはり憧れがあり、休日に体にとっていいお茶を飲みながらお肌のスペシャルケアをしたり、雑誌のダイエットコーナーを読んだりするのは私にとって最高の贅沢です。

 

当院でもエステの担当をさせてもらっていることもあって、美容を通じて「栄養」や「免疫」についても勉強できるのがとても楽しくさらに知識を深めていきたいと思います。また、出産を経験したので、産後の骨盤の歪みなどにも興味が湧き、勉強をし出しています。

 

また、継続したメンテナンス・治療していくことが健康体を保ち、ケガや病気を未然に防いでくれているということを実感しているからこそ、治療家として多くの患者さんに伝えていきたいと思います。

 

私が一生懸命サポートさせていただきますね。

 

古谷田 慧 (鍼灸師)

 私がこの仕事を志す一番のキッカケになったのは、学生時代の怪我の経験でした。

 

始めは軽い足首の捻挫だったのですが、湿布をしておけば治る、少し安静にしていれば痛くなくなる、痛くても歩ければ問題ないと病院や整骨院にはかかりませんでした。

正しいケアや適切なリハビリをしなかった為に捻挫が癖になってしまい、何度も同じようなケガを繰り返した結果、部活を続けられなくなってしまいました。

 

あれから何年も経った今でも、日常的なケアを怠ると慢性的な痛みが出る事があります。

 

また、20年以上前に私の母が交通事故でむちうち症になってしまったのですが、その時も仕事が忙しかった事と職場近くに整骨院や病院がなかった事から保険の手続きで必要な程度の通院でしっかり治療をしませんでした。

 

その影響か現在も慢性的な肩こりで、少し運動不足になるだけで体調が悪くなります。

あの時にちゃんとした治療をしていれば・・・、正しい知識をもった人が身近にいたならば・・・、辛い痛みに悩まされたりはしなかったのに・・・、という苦い経験から同じ経験を学生さん達にさせたくない!辛い症状に悩まされている方々への手助けがしたい!という想いから、この仕事をしたいと思うようになりました。

 

話は変わりますが、私はお体の治療だけでなくフェイシャルエステやボディーの美容メニューもあり、そちらの担当もさせていただいています。

 

と言いますのも、私はデパートの化粧品売り場には丸一日いても飽きないくらい化粧品が大好きで、新商品が出れば試さずにはいられない位の化粧品マニアです。

 

体の治療方法やお薬と同じようにお化粧品も日進月歩、たくさんの技術や商品が開発されていますが、自分にあったものを見つけるのは何かキッカケがないと難しいという方もいらっしゃるかもしれません。

 

お体の健康だけでなくお肌の健康も一緒にサポートしていきたい、そんな想いでエステのお仕事もさせていただいています。

少しでも興味をもっていただけたら、お声をかけて下さい。知っている事ならなんでもお話しさせていただきますね。

 

急性のケガも慢性の症状も、私たち治療家の努力だけでは決して充分な結果を得る事は出来ません。

定期的な通院や日常のケアなどご本人の努力が一番大切な事ですが、私も最大限サポートさせて頂きますので、もしご不明点がございましたらご遠慮なくお声かけ下さい。

 

吉澤 遼馬 (柔道整復師)

私は三浦市三崎という、周りのどこを見渡しても畑・海に囲まれた土地で育ちました。

そんな、自然に囲まれたところで育ったので、毎日泥だらけ、擦り傷だらけで過ごしそんな時に熱中できるスポーツ、野球に出会いました。

 

小学校三年生から中学三年生までの7年間での大きなケガは、野球肘だけでしたが、野球肘は私が想像していたよりも重く、整形の先生にはもう続ける事は出来ないと言われてしまいました。7年間続けて来た野球に別れを告げることになってしまうのは、簡単なことではなかったですが、スポーツを続けたい気持ちはありました。

 

その時私はふと思いました。「そうだ、俺にはまだ足がある!!」と。(笑)

 

できる事を考えたときに、元々すごく好きだったサッカーが僕の選択肢の中に出てきました。その思いのまま、高校ではサッカー部に入部しました。

 

しかし、入部してすぐに私は考えが甘い事に気づきました。

野球部で鍛えた体を活かし、フィジカル面ではついて行けていたのですが、サッカーというスポーツを考えた時に、グランドを上から見なきゃいけない(どの選手がどこにいて、どう動くのか・・・)

次のプレーの2・3歩先を考えなくてはいけないサッカーは高校からはとても難しいスポーツだったのです。

 

皆に追いつくためにがむしゃらに練習はしていましたが、3年間で手首の骨折2回。肘の脱臼1回etc…とケガだらけのサッカー生活となってしまいました… 

 

特に脱臼のリハビリは辛く、苦しい物でしたがその時に通っていた整骨院の先生がとても気さくな方でした。

そんな人柄のいい先生の所だったからか、通うのが楽しく、だんだんと私自身が笑顔になっていくのが分かるような時間でした。

 

その時に私も人の身体の不調・不安を取り除けるような人間になりたい!!!と思い、今の道の柔道整復師になる事を決意しました。

 柔道整復師となった今では、多くの患者様を診させて頂ける喜びを噛みしめています。

 

いつも心に決めていることは、私を診て下さった先生がして下さったように、一人でも多くの方々が笑顔で治療を終えていく事です。

 

先述したように、私自身も沢山のケガをしてきたので、皆様のお怪我の具合・不安に向き合うことが出来ると思っていますので、どうぞよろしくお願い致します。

 

 徳澄 知沙 (鍼灸師、アスレティック・トレーナー)

 

福岡県久留米市出身、「泳ぐのと走るのどっちがいい?」と聞かれると、迷わず泳ぐと答えるほど水泳が好き(陸上が苦手)です。(笑)なぜ鍼灸師とスポーツトレーナーを目指そうと思ったのか、水泳人生での経験談を交えながらお話しさせていただきたいと思います。

 

私は2歳から高校卒業までの16年間水泳をしており、毎日練習漬けの日々でした。体のケアの方法が分からず、ケアの方法を指導してくれる人もいなかった結果、私は毎日の練習の疲れを体に溜め込んでしまい、ケガを繰り返していました。

 

月日は流れ高校3年生のインターハイ県予選の3日前に捻挫をしてしまい、病院に行くとインターハイの出場は厳しいと言われました。高校最後のインターハイを諦めたくなかった私はインターハイに出場する為の予選の会場まで松葉杖をついて行き、痛みに耐えながら泳ぎました。

なんとかインターハイに続く九州大会への出場は決めたものの、足首の腫れは酷く、練習に参加できず他の人達が泳いでいる姿を眺める日々が続きました。

 

“練習を眺めている暇なんてない!”と考え直し、練習に入れなくても何か他にできることがあるのではないかと思い始めました。思いはしたものの何をすればいいか分からず、インターネットなどでトレーニングを調べ、本当に効果があるのか分からないまま見よう見まねでトレーニングをしていました。

 

また、ケガの痛みと戦っている時、学校の先生に“鍼治療が良い!”とお聞きし、鍼治療と練習を並行で行い、九州大会でも結果を残すことができ、インターハイに出場することができました。

 

治療効果に即効性があり水泳の現場でも使われる事が多く、何より私のピンチを救ってくれた鍼灸に大変魅力を感じ「ケガで私と同じ思いをしている人達を少しでも減らして早く競技復帰させたい!」との思いから、鍼灸師とスポーツトレーナーの両方を目指そうと思いました。今でもそのきっかけをくれた学校の先生にも感謝しています。

 

私はケガをした日から一日でも早く、ケガをした時よりも良い状態で復帰できるように、治療の中で競技・種目に合ったリハビリ&トレーニング方法をお伝えさせて頂きます。

アスレティック・トレーナーとして、いち早くスポーツ現場に復帰するための引き出しをたくさんご用意していますので、それをみなさんに還元させていただきます!

お気軽にご相談下さい。

皆さんのお役に立てればと思っておりますので、どうぞよろしくお願い致します。

 

勝見 めぐみ (インディバエステセラピスト)

 私は、昔から美容に興味があり、日頃からエステを受けたり、美容に関する知識を深めることが好きでした。

エステを受ける側でおりましたが、次第に、興味のあるこの美容の分野で、今後は喜びを与える側として携わりたいと考えるようになっておりました。

今では、多くの方に喜んでいただけ、とても充実感があり、やりがいがあるので、楽しく施術をさせていただいています。

今まで経験してきた喜びや感動を、今後もより多くの方々に与えらえるように、技術習得に対し、努力を惜しまず取り組みたいと考えております。

 

トレーナー活動種目

サッカー

国体神奈川県成年サッカー

横浜ミラオーネFC(小学生サッカースクール)

KJSS(桂台ジュニアサッカースクール)

横浜市立本郷中学校サッカー部

六浦FC(神奈川県1部リーグ所属)

横浜栄FC(神奈川県ジュニアユース所属)

原FC(横浜市瀬谷区所属)

FC本郷(横浜市栄区所属、OB)

 

競泳

湘南工科大学附属高校水泳部
横浜市立南高校水泳部
神奈川県立神奈川総合高校水泳部
神奈川県立川和高校水泳部
キッツウエルネス藤沢
林水泳教室

 

野球

横浜市立小山台中学校野球部
Boston Red Sox(アメリカMLB)
ヤングオセアンBC横浜栄(全日本少年公式野球連盟ヤングリーグ所属)

 

ゴルフ

桑田 泉ティーチングプロ(ゴルフアカデミーイーグル18)

 

バレーボール

栄区家庭婦人バレーボール大会

本郷台

ペガサス

 

バドミントン

法政大学第二高校バドミントン部

など

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